季節に合わせてこの日記。
■2003/8/14 「お墓参り」
墓参りだよ!全員集合!!
ということで、今日はこれから家族総出でお墓参りです。
まあ、お盆ですし。恒例行事です。
この時期になると、必ず思い出す「お墓参り」にまつわる数々の思い出。
一番古い記憶は、小学校に入学したばかりの頃。
父方の祖父のお墓参りにいったときのことです。
現在はキレイに整備されていますが、当時の墓場は田舎だったこともあり、
草ぼうぼうの、石ゴロゴロの、卒塔婆傾きまくりの、
それはそれはいかした風情でございました。
しかも卒塔婆の文字は雨に打たれて流れ、おどろおどろしいこの上ない。
幼い私にとっては、恐怖以外の何ものでもない場所でした。
私のおかんは、なんというか、ちょっと面白い人です。
普段はめっぽう愉快な人なのですが、
迷信や言い伝えには異様に固執するところがあります。
みのもんたの言葉にも固執するところがあります。
そのおかんから、墓場に向かう道中の車内で
「墓場で転んだらあかんよ。た た ら れ る か ら」
と恐ろしい文句を繰り返し聞かされ、ただでさえビビっていた私は、
到着した頃にはガッチガチに緊張しておりました。
前述した通り足場が悪く、気を抜くと足をとられる。
「転んじゃダメ」と自分に言い聞かせ、足元を凝視して必至で歩く私。
しかし、凝視しすぎたのが災いして、
前を歩いていた姉にぶつかり、ステーンと転んでしまったのです。
「た、た、たたたたたたられるぅ!」
もう私、大パニックです。
あまりのショックに、起きあがれない私の元におかんがやってきて一言。
「あーあー、たたられるわ」
な ぐ さ め ろ や !
もちろん号泣です。塩で払えば大丈夫と聞かされるまで、私は泣き続けておりました。
これはなんのための墓参りなのか。
ご先祖様を供養するのと同時に、ご挨拶して今後もお守り頂くためでは?
そして次の記憶は小学校中学年。少し大きくなって、無事転ばずに墓参り終了。
歓談する大人たちを待ちつつ、暑さにうだっておりました。
何度もいいますが、この辺りは田舎。かなり長い間、土葬が主流でした。
暑さをしのげる場所はないものかと見回すと、
ひさしのついた場所を見つけました。大きな四角い石がおいてあります。
何の石だろう?と不思議に思いつつ、座るのにちょうどいい高さだったので
腰掛けて日陰のささやかな涼しさを楽しんでいた私。
すると、鬼のような形相で我が母がこちらへ突進してくるではないですか!
わけのわからない私の腕を力任せに引っ張ると、衝撃的な発言。
「あんたね、この石は、土葬する前に亡くなった人をおいておく場所よ!」
!!びっくり仰天です。血の気が引く私に向かっておかんダメ押し。
「あーあー、たたられるわ」
ま た で す か。
もちろん号泣です。塩で払えば大丈夫と聞かされるまで、私は泣き続けておりました。
だからこれはなんのための墓参りなのか。
3つ目の記憶は高校生。もう大人ですので、転びも座りも致しません。
この頃になると友人と遊ぶのに必死で、お盆なんざ関係ありません。
うちの両親もけっこういいかげんな人なので、お墓参りのことは話題にあがりませんでした。
そしてお盆も終盤、18日(ぐらい)。
「あ!お墓参りに行かなあかん!」といきなり雄叫びをあげるおかん。
そして「今から行くよ!」と宣言。「そやなあ」と父同意。
「ちょお待てえー!!」と叫ぶ私&姉。
だって、
23時すぎですよ?おかしいでしょ!墓参りする時間じゃないでしょ!
私達の抗議は通らず、深夜の墓参り決行。
(「あんたらが遊んでばっかだから行きそびれた」といわれちゃぐうの音も出ません。でも絶対おかんも忘れてたはず)
ここで思い出して下さい。あの墓場がどんな風情だったか。
いくら夏だからって、御先祖様のお墓参りと納涼肝試しを一緒にすることないと思うんです。
もちろん田舎ですから、街灯なんてしゃれたものは一切ありません。
その上、懐中電灯を忘れるという大失態。
おとんのライターの光だけで、あのデンジャラスな道のりを越え、
卒塔婆の影におびえながらお参りです。
なにもかもが間違ってる。
今年はまだ日が明るいうちに行けるので嬉しいです。もうキレイになってますしね。
御先祖様、こんな愉快な私達ですが、これからも何とぞよろしくお願い致します。
- 2005/08/15(月) 11:42:25|
- 過去日記より抜粋|
-
トラックバック:0|
-
コメント:2